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もともと歴史的には、中東の伝統的な社会のあり方(そしてしばしばこれはイスラムの伝統として正統化された)に則って、男性社会から隔離され、自由に外出することを制限されてきた女性たちが素顔をさらして集うことのできたハマムは、女性の社交の場として活用された経緯があり、オスマン帝国時代にトルコの都市を訪れた西欧の旅行者たちは、富裕な階層から庶民に至るまで様々な出自の女性たちが、ベールで顔を隠して浴場に赴く様がしばしば奇異と驚きの目をもって外国に伝えたそうです。
こうしたイメージの伝播はしかし、ハマム本来の社交的な機能とは裏腹に、ベールに包まれた女性たちが素顔をさらして集う様は、東洋の神秘的でセクシャルなハーレムに対する幻想と相まって、西欧社会にある種の誤解をも、もたらすこととなりました。西欧では古くは、「トルコ風呂」はエキゾチシズムを感じさせるオリエンタリズムのイメージと結びつけられることが多かったそうです。
日本に初めて紹介された「トルコ風呂」も、こうしたオリエンタリズム的なイメージをもった西欧人の「トルコ風呂」でした。中東では男性客には男性の垢すり師がつくのが原則であるが、日本を含む外国に紹介されたトルコ風呂では、しばしば男性に対しても女性の垢すり師がつけられていました。
こうした男性に対しても女性が垢すりを行う「トルコ風呂」が日本に定着していく過程で、赤線の廃止によって行き場を失った性風俗店と結びつき、性風俗店としての「トルコ風呂」が発展していきました。
1970年代頃から、性風俗店としての「トルコ風呂」(それはさらにしばしば「トルコ」と略して呼ばれた)は日本で広く通用する言葉になっていきました。
これに対して、日本に滞在するトルコ人の間では、祖国の名称や伝統文化がセックス産業と結び付けられて使用されていることに対する憤慨を呼び起こしてきました。
また、当時「大使館」という名前の店が50音別電話帳に「トルコ大使館」と載せていたため、本物のトルコ大使館に間違い電話が多くかかっていたそうですよ。
1981年に東京大学に留学していたあるトルコ人学生も「トルコ風呂」の名称にショックを受けたひとりであり、彼は再来日した1984年に当時の厚生省に「トルコ風呂」の名称変更を直訴するなど、改名運動を行いました。
この運動は当時のマスコミにも大きく取り上げられ、同年10月に横浜市の業界団体が「トルコ風呂」の名称を用いないことを決定し、同年12月には一般公募の末、新たな名称として「ソープランド」が決定されたそうですよ。
トルコ風呂、トルコのお風呂のことをハマムと言います。
ハマムというのは日本で言うところのサウナみたいなもので、エステのように垢すりまでして頂ける公衆浴場のことです。
大理石でできた場内は、暖かい蒸気に包まれ、洗い場はもちろんのこと、中央に少し高くなった状態の大きな台が備え付けられており、そこに横たわることによって、ゆっくりと身体の芯まで暖めることができます。又、内装も素晴らしく、大理石の彫刻や柱、装飾された蛇口などその美しさは芸術的ですよ。
トルコに行かれた際には、ぜひトルコ風呂 ハマムをお楽しみくださいませ。
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