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落穂拾い |

落穂拾い |
ジャン=フランソワ・ミレー
(Jean-Francois Millet)
1814年10月4日 - 1875年1月20日
フランス
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ジャン=フランソワ・ミレーは、19世紀のフランスの画家です。
写実主義の農民画家としてもその名が知られています。
ミレー
(Millet)
「落穂拾い」
他人の畑で、生活の糧にする落穂を拾う女たち・・・。
経済的には幸福とは言えない農婦たちの姿を、
労働の悲惨さではなく、尊さ、美しさで表現したミレーの作品です。
心にグッとくるものがありませんか?
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落穂拾い
畑の収穫でこぼれ落ちた麦を拾う女たちが描かれた「落穂拾い」は、
農村社会での貧富の差の拡大という実情を受け、
ふつうの農民よりもさらに貧しい農民が空腹を満たし、
生活の糧にするために落穂を拾う姿が描かれた絵です。
この頃のフランスは、産業革命によって貧富の差が拡大します。
1849年には共産党宣言も発表され、
農民や労働者が都市の裕福な人々に対して蜂起をくり返すという混乱の時代でした。
そのため貧しい農民の生活をありのままに描いたミレーの作品は、
農民や労働者たちから支持される一方、
都市の裕福な人々からは革命的で危険な絵だと強烈な批判を浴びました。
他人の農地に落ち残った稲穂を拾い集めるという農民の逞しい生活を描いたこの作品は
1857年サロンに出展され、保守的な批評家たちから
「貧困を誇張している」「社会主義的だ」など議論を呼びました。
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反民主主義だと議論を呼んだ、貧しくも逞しい農婦の姿です。
落穂を拾い生活しなくてはならなかった当時の状況を、
写実という現実に則した描写方法を用いて表現しました。 |
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刈り取ったあとに落ち散った稲の穂を拾う手。
農婦がおこなっている一連の動作をよく観察しなければ
描けない表情が、この手にもよく表れています。 |
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収穫した稲穂を荷車に乗せている農夫たち。
当時の社会状況を考慮せずとも、
この貧民階層が育て収穫した稲穂は、
一般市民や上流階級などの口に入ることがうかがえます。 |
ミレーは日本でもとても人気があって、特にこの「落ち穂拾い」と「晩鐘」は、
私達にとっては幼少の頃から身近な存在だったと思います。
教科書で目にしたり、また、家の居間などにそっと飾られてあったり、
もしくは銀行のカレンダーに印刷されてあったり・・・。
下を向いた女性たちの顔の表情までは読み取れないのですが、
夕日を背に受けて、腰をかがめて落ち穂を拾う彼女たちの姿はとてもなじみ深く、
また、とても尊い印象を受けます。
ミレーの時代、農村では、この落ち穂拾いはよく見られた光景でした。
刈り入れのあと、貧しい人々や寡婦たちには落ち穂拾いの権利が認められていたのです。
そのため、農夫たちは、しばしば全部をきれいに持って行かず、
わざと落ち穂を残して、そうした人たちが困らないように配慮したといいます。
ミレーは、このような農村の労働や祈りの様子を、愛情をこめて描き続けました。
彼の作品からは、いつも労働の悲惨さではなく、尊さ、美しさが伝わり、
私たちを素直に感動させてくれます。
色彩も落ち着いて、そして控えめで、決して声高ではないのに、
こちらの心はどんどん洗われていくようです。
ミレー自身がフランス・グレヴィル近郊の貧しい農村の生まれであるために、
「落ち穂拾い」に見られるような題材をごく自然に見出したのかも知れませんが、
決して経済的には幸福とは言えない農婦たちの姿を、
こうまで詩情豊かに見せているのは脱帽としか言いようがありません。
私が初めてミレーの「落穂拾い」の絵(もちろん複製画)を見た時は、
農家のおばさんがただ農作業をしているのだと思いました。
大人になってから、この絵は実は、
”他人の畑に入って、残された落穂を拾っているのだ”と知っても
絵からは卑しさが感じられず、また、絵に対する思いも変りません。
そう今も、この絵からは労働に対する尊さ、美しさが感じられます。
他界した私の祖母は死ぬまでこの絵が好きでした。
今も忘れられない祖母のセリフ
「ミレーの落穂拾いは誰が描いた絵だった?」・・・です (^_^;)
ミレーの「落穂拾い」の本物は
オルセー美術館に所蔵されています。

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