ルネサンス美術は、美術の分野におけるルネサンスの表われであり、
イタリアに興り、やがて各国に普及していきました。
文化運動であるルネサンスのうち、
最も目に付きやすく、日本人にも親しまれている分野であります。
〜イタリア・ルネサンス〜
イタリア・ルネサンスの始まりはチマブーエあるいは
その弟子ジオット(1276年? - 1337年)の絵画とされる場合も多いです。
しかし「人間性」を尊重した彫刻家ドナテッロと
「線遠近法」を完成させた建築家フィリッポ・ブルネレスキの二人の特徴を
絵画において融合させたマサッチオが始まりだとする見解もあります。
このことからドナテッロ、ブルネレスキ、マサッチオは
初期ルネッサンスの三大巨匠と呼ばれています。
マサッチオは輪郭線を使わずに描くスフマートや
空気遠近法など画期的な技法を始めています。
フラ・アンジェリコ、フィリッポ・リッピは聖母像の傑作を描き、
サンドロ・ボッティチェッリは異教的、官能的な題材の「ヴィーナスの誕生」
「春」などフィレンツェ・ルネサンスを彩る作品を残しています。
彫刻ではヴェロッキオらが活躍しました。
以上は初期ルネサンスとされています。
レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、
ラファエロの3人の活躍した16世紀初めの30年ほどを
イタリア・ルネサンスの美術が頂点を極めた時期として、盛期ルネサンスと呼び、
その3人を盛期ルネッサンスの三大巨匠と呼んでいます。
レオナルドの「モナ・リザ」、
ラファエロの一連の聖母子像、
ミケランジェロの「ダビデ像」(彫刻)や
システィーナ礼拝堂天井画「天地創造」などが
この時期を代表します。
その後長らく
西洋美術の理想の時代とみなされました。 |

天地創造 |
ローマ略奪によりローマが荒廃すると、ヴェネツィア派の活躍が見られます。
夭折した天才画家ジョルジョーネによって基礎が作られたヴェネツィア絵画は
ティツィアーノに引き継がれました。
ローマ略奪後の時期をイタリアの後期ルネサンスといわれています。
ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂壁画「最後の審判」や、
のちにマニエリスムと呼ばれる絵画などもおおよそここに含まれます。
〜北方ルネサンス〜
| ネーデルラント(ベルギー・オランダ) |
15世紀のファン・エイク兄弟が油絵の技法を完成させており、
このころのネーデルラント絵画は
イタリア・ルネサンスと並び立つ水準にあり、
むしろイタリア絵画に大きな影響を与えるほどでした。
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16世紀頃にはその立場は逆転し、イタリアを手本とするようになります。
ブリューゲル(1525年-1569年)もイタリア旅行をしたのち、
独自の農村風景画を描くようになりました。
怪奇な画風の作品を残したヒエロニムス・ボスも特異な位置を占めています。
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| フランス |
イタリアに進軍したフランソワ1世の時代にレオナルド・ダ・ヴィンチが宮廷に招かれ、
イタリアのルネサンス美術が伝えられました。
その後もロッソ・フィオレンティーノらがイタリアから宮廷に招かれ、
マニエリスムの影響を受けたフォンテーヌブロー派が活躍します。
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| ドイツ |
デューラー(1471年-1528年)はイタリア旅行を経て、
ルネサンス絵画に学び、
思想的にも深みのある表現に達しました。
銅版画の「メランコリア」や油彩の「四人の使徒」などの
宗教画がよく知られています。 |

メランコリア |
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| スペイン |
エル・グレコ(1541年-1614年)が知られています。
クレタ島出身のギリシャ人でヴェネツィア・ローマを経てトレドに移り住みます。
マニエリスムの影響を受けながらも、独自の神秘的な画風を築きました。 |
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