セザンヌ

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セザンヌ
Cezanne)


ポール・セザンヌ
(Paul Cezanne)
1839年1月19日~1906年10月22日

フランス

青い花瓶


セザンヌは近代絵画の父と呼ばれ、
20世紀絵画の扉を開いた後期印象派を代表する画家です。








セザンヌ
(Cezanne)
 『石膏のアムール』

石膏というどちらかという
無機質な素材と、
セザンヌの得意なリンゴ。


この絵からは
あなたは何を感じますか?


セザンヌの「石膏のアムール」の本物は、
個人が所蔵されています。










セザンヌ
(Cezanne)
 『りんごとオレンジ』

セザンヌの静物画は風景画同様、
セザンヌが好んで描いたジャンルであり、
モティーフのリンゴは
生涯に数多く描いていますが、
本作は構図、構成、対象の捉え方など
完成度が最も高いものとして
知られている作品のひとつ
最も有名な作品です。



セザンヌの晩年の静物画は、
古典主義的な構成の中に
バロック的な動勢と自由さ、
それに叙情性が加わって
完成された画風です。


作品は時間をかけて何度も描き直され、
絵が完成する前にリンゴなどが
干からびてしまうことも
多かったと言われています。


単なるもの、単なる人、単なる風景を
描いたのが彼の作品の殆どです。
 ですがその作品たちは、
「単なるもの」とは思えないほど、
印象深い「かたち」と
「色」をしています。


丸があり角があり、歪みがあり、
色の混じりあいがあり、
色が明確に分かれてるところがあり、
非常に目を楽しませる
「かたち」と「色」に溢れているのです。



セザンヌの「りんごとオレンジ」の本物は、
オルセー美術館に所蔵されています。









セザンヌ
(Cezanne)
 『青い花瓶』

彼の静物画は果物と花は
別々に描かれることが多く、
数少ない作例だそうです。



画面を支配する
青と赤・白・緑が印象的ですね。



セザンヌの「青い花瓶」の本物は、
オルセー美術館に所蔵されています。











セザンヌ
(Cezanne)
 『ティーポットのある静物』

1900年のパリ万国博に
出品して名声が高まり、
サロン・ドートンヌでは
一室を与えられます



私は静物画を描いたことは
ありませんが、魂のない分、
描きにくいのでは
ないでしょうか。


セザンヌの「ティーポットのある静物」の本物は、
ウェールズ国立美術館に所蔵されています。













 生涯 



1839年、ポール・セザンヌは裕福な銀行家の息子として
南フランスのエクス・アン・プロヴァンスに生まれました。


中学時代に美術に関心を抱き、1861年、
芸術に関心を示さない父を説得して芸術のためにパリに出ます。


が、セザンヌは他人からの干渉を嫌い、乱暴で無礼な振る舞いをし、
暴力的で淫猥な作品が多かった彼は周囲から敬遠されます。


しかし30歳の時の恋愛経験や、唯一の師となったカミーユ・ピサロと出会い、
ロマン主義のドラクロワ、写実主義のクールベ、印象派の父と呼ばれるマネらから影響を受け、
次第に彼は印象派的風景画を描くようになります。



1874年の第1回印象派展に『首吊りの家』を出品し、以後第3回まで出品を続けます。
初めてサロンに入選したのは1882年、43歳のときでした。


このときセザンヌは友人の審査委員に頼み込み、
やっとの思いで入選を果たしたといわれています。



1880年代以降は故郷エクスに戻り、プロヴァンスの風景画、人物画、静物画、水浴画など、
後にセザンヌを代表する作品を制作することに専念しました。


セザンヌは、時間とともに移ろう光を追いかけている印象派に不満でした。
印象派の流れであった過度の分析法に反対の意を表し、造形的な画面の構成に力を注ぎました。


セザンヌは、自然などのモティーフを前にしたときの感覚を何より大切に考え作品を描いた結果、
晩年には新時代の芸術の先駆者として若い芸術家の支持を受けました。















~くろいぬの豆知識~
『後期印象派って?』


後期印象派、ポスト印象派 または、ポスト印象主義 とは、
美術界における印象派の後の、フランスを中心として
活躍した前衛的な画家達を指す学術上の便宜的な呼称であす。


ゴッホ、ゴーギャン、スーラ、セザンヌらをその中核と考えられています。


それぞれの画家により画風が大きく異なることからもお分かりになるように、
この区分は様式的な共通性によるものではなく、時期的なものによります。


この呼称は、かつて白樺派によって日本に紹介された際、
「後期印象派」と訳され、今日に至るまでこれが一般に用いられています。


しかしながら、Post-Impressionists とは、印象派を継承、
または反駁(はんばく)しながら、印象派を超克しようとした画家たちであって、
この訳語から連想されるような、「印象派の後期」に属するものではありません。


近年ではこの訳語を避ける傾向も見られます。


「ラファエル前派」という訳語に倣えば、「印象後派」とでも訳されるべきでありますが、
新案としては「ポスト印象派」がもっとも受け入れられているようです。
「後印象派」などとも訳されています。


Post-Impressionism という語は、イギリスの批評家、R、フライが、
フランスの新しい美術をイギリスに紹介するために組織した展覧会
「マネと印象派後の画家たち 」の名に由来します。



この展覧会の出品者は、マネの他、ゴッホ、ゴーガン、ルドン、セザンヌ、マティス、
ドラン、ブラマンク、新印象派主義の画家たち、
フォーヴの画家たちといったように、様式的にも多様でした。


印象派の画家たちが抜け落ちているのは、フライに、
これらの画家たちは印象派とは別の世界を目指しているということを
強調する意図があったからです。


フライは当初「インプレッショニスト」という名称を提案したが、
反対にあい、「印象派後」に落ち着きました。


彼らは、印象派の傾向を受け、それを出発点としながらも、
批判的に継承しつつ、厳密な形態の復活、原始的な題材や
激しい色彩の導入などの独自の特徴を生み出し、20世紀の美術のさきがけとなりました。



形態においても、色彩においても、また思想においても、
19世紀の美術と、フォーヴィスム、表現主義、キュビスムなどの
20世紀美術との橋渡しをしたといえます。






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