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リオ・デ・ジャネイロ |
東郷 青児
(とうごう せいじ)
1914年ー1983年
鹿児島県
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東郷青児は、甘美な色調の装飾画風の婦人像や裸婦の独特な絵で
高い人気を博しています
略歴
| 1897年 |
4月28日鹿児島市に生まれる。本名、鉄春。 |
| 1915年 |
青山学院中等部卒業後、有島生馬に師事。 |
| 1916年 |
第3回二科展にオルフイスムの影響を受けた「パラソルさせる女」が
初入選して二科賞受賞。 |
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1921年 渡仏。リヨンの美術学校に学んだのちパリに移ります。
一時期、表現主義に共鳴 したが、まもなくフォルムや構成に関心を持ち、
1920年代後半には
キュビスムの強い影響による構成的な「ピエロ」や「サンタンバンク」を連作。
それら23点が滞仏中に第15回二科展に特別陳列され、
昭和洋画奨励賞を得ました。 |
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1942年 第5回新文展審査員に任命。
戦後は、二科会再建に尽力、長年会長として同会をリードしました。
後期は、裸婦像に独自のマチエール、
甘美な色調によるロマンティックな装飾的作風を繰り広げ、
大衆的な人気を博しました。 |
| 1957年 |
壁画「創生の歌」により日本芸術院賞、
第4回日本国際美術展で大衆賞を受賞。 |
| 1976年 |
東京・新宿に東郷青児美術館が開館、
多数の作品が収蔵展示されています。 |
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