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ピカソ
(Picasso)



ゲルニカ
パブロ・ピカソ
(Pablo Picasso)
1881年10月25日〜
1973年4月8日

スペイン


パブロ・ピカソは、スペインに生まれ、フランスで制作活動をした画家・彫刻家です。
そして、キュビスムの創始者であり、20世紀以降で最も有名な芸術家です。


生涯におよそ13,500点の油絵と素描、100,000点の版画、34,000点の挿絵、
300点の彫刻と陶器を制作し、最も多作な画家であるとギネスブックに記されています。




ピカソ
(Picasso)
 『ゲルニカ』

ピカソ「ゲルニカ」【名画ドットネット】ピカソ「ゲルニカ」
75,600円

ピカソ「ゲルニカ」 ヘリオトワル 変形20号
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縦3.5m、横7.8mの巨大なキャンパスに
悲惨な戦争の場面が描かれたゲルニカ。


それと同時に、この絵は、時代に闘いを挑んだ
画家パブロ・ピカソの記録でもあります。



ピカソがそもそも、「ゲルニカ」の絵を描いたのは、
「パリ万博に掲げる壁画を制作してほしい」という
祖国スペイン共和国政府からの依頼がきっかけでした。


当時、フランコ将軍率いる反乱軍によって、スペインは激しい内戦状態にあり、
政府は、この現状をピカソの絵で世界に訴えようとしたのです。


しかし、その依頼から3ヵ月後、スペインを悲劇が襲います。
反乱軍を支援するナチスによって、スペイン北部の町、
ゲルニカが爆撃され、1600人以上の命が奪われました。


この惨劇は、ピカソに大きな衝撃を与えました。
ゲルニカ爆撃から5日後、ピカソは猛然と下絵を描き始めました。




制作初日のデッサンに描かれたのは、牡牛と馬でした。
戦争のイメージとは、いっけんかけ離れたこのモチーフ・・・。



闘牛の国スペインでは、牡牛と馬は、生と死のドラマを
最も身近に感じさせてくれる存在。
それらを使って、ピカソは虐殺された犠牲者を
表現したと言われています。






「ゲルニカ」には、2つの大きな特徴があります。

@戦争の絵なのに、
爆弾も銃も描かれていないこと
これには、全てを象徴的に描くことで、戦争を体験したことのない人達の脳裏にも、その悲惨さが刻み込まれるようにしたそうです。
A絵がモノトーンであること 「ゲルニカ」は最初からモノトーンの色ではありませんでした。
ピカソは制作の過程で、色のついた壁紙を何度もつけはずししながら、色彩の効果を模索していたそうです。
しかし、結局、完成した「ゲルニカ」は白黒の世界となります。
ピカソの頭には、新聞に載った白黒写真を見たときの衝撃が強く刻まれていたのです。
黒と白のコントラストは、ドラマチックな死、つまり静かな死ではなく、暴力による死を表しています。
ピカソは、犠牲者達への哀悼の意を、モノトーンを使って表現したのです。




『ゲルニカ』は長くアメリカのニューヨーク近代美術館に
預けられていましたが、スペインの民主化が進んだ1981年、
遺族とアメリカ政府の決定により〈スペイン国民〉に返還されました。


現在はマドリードのソフィア王妃芸術センターに展示されています。
ソフィア王妃芸術センター











〜くろいぬのティータイム@
『ピカソ美術館』


ピカソは1973年の死の時点で、大量の作品を手元に残していました。
またアンリ・マティスらの作品を交換や購入によって相当数持っていました。


国立ピカソ美術館
フランス政府は遺族から相続税として
これらの作品を受け取り、
”サレ館(塩の館)”という17世紀の館を改造して
1985年に国立ピカソ美術館を開館しました。


さらに膨大な美術館の開館準備費用は、
政府とパリ市によって賄われました。

こうして、貴重な作品の数々が世界中に散らばることなく、
ピカソの長年住んだパリの地にとどまったのです。


一作家の美術館としては世界最大の規模を誇るもので、
ピカソの作品だけで油絵251点、彫刻と陶器160点、
紙に描かれた作品3000点を所蔵しています。



作品は、初期から晩年にいたるまで、20の部屋に展示され、
時代を追ってみることができます。


フランスに行かれたら、ぜひ、
ピカソ美術館にお立ち寄りくださいませ。
茶目っ気たっぷりのピカソの作品達に出会えますよ。




2003年にはピカソの遺族が、
彼の出身地であるスペインのマラガにピカソ美術館を開館しました。











〜くろいぬのティータイムA
『ピカソの映画 サバイビング・ピカソ』



1996年、映画『サバイビング・ピカソ』が公開されました。
フランソワーズ・ジローとピカソの関係を描いたもので、
アンソニー・ホプキンスがピカソを演じました。


ピカソを女性関係から見た映画です。
アンソニー・ホプキンス演じるピカソは、本物のピカソそっくりでした!


この映画をご覧になっていない方、
この映画をご覧になれば、更にピカソの作品も楽しめるかも?!



〜あらすじ〜

1943年。
大戦下のパリ。22歳の画学生フランソワーズ・ジロー(ナターシャ・マケルホーン)は、
61歳の天才画家パヴロ・ピカソ(アンソニー・ホプキンス)と運命の出会いを果たす。


38歳の年齢差を越えてピカソを愛するようになるフランソワーズ。
ピカソには長く別居中の妻オルガ(ジェーン・ラポテア)、
2人の愛人マリー=テレーズ・ワルテルと
芸術家であるドラ・マール(ジュリアン・ムーア)がいた。


かつてドラと暮らした南仏の家にフランソワーズを連れて行き、
母性的なマリー=テレーズから毎日送られて来るラヴレターを
彼女に読んで聞かせるピカソ。


彼の女に対する倣慢さを知り、恥辱を感じて家を去るが、
ピカソは彼女を連れ戻し、永遠の愛を誓わせた。


愛の苦しみは感じつつも、芸術家としては啓発されるピカソとの生活。


1947年に長男クロードが、49年に長女パロマが生まれてからは、
南仏の陶器工房が生活拠点になっていた。


ピカソの知己のアンリ・マチス(ジョス・アックランド)との交際も始まったが、
ピカソはお守り役的な新しい愛人ジャクリーヌ・ロック(ダイアン・ヴェノーラ)の元へ
通い始め、2人の仲は急速に冷えていく。


祖母(ジョーン・プロウライト)が亡くなり、葬儀のためパリへ赴いた彼女は、
浮かれ騒ぐピカソを見て、彼との別居を決心。


子供たちだけとパリで暮らすという訣別宣言に幼児のように泣きわめくピカソ。


数カ月後。ジャクリーヌと暮らし始めたピカソを訪ねたフランソワーズ。
「君は戦士のように私の人生から去って欲しい」と彼女に願うピカソ。


ピカソを称えた闘牛の開会式。
フランソワーズは白馬にまたがって姿を現し、
身をもって彼への失いがたい尊敬と自身への誇りを示すのだった。







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