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1866年にフランス人トレ・ビュルガーが著した論文が、
フェルメールに関する初の本格的なモノグラフです。
当時フェルメールに関する文献資料は少なく、
トレ・ビュルガーは自らをフェルメールの「発見者」として位置付けました。
しかし、実際にはフェルメールの評価は生前から高く、
決して「忘れられた画家」だったわけではありませんでした。
トレは研究者であっただけでなくコレクターで画商であったため、
フェルメール「再発見」のシナリオによって
利益を得ようとしたのではないかという研究者もいます。
そのトレ・ビュルガーがフェルメールの作品として
認定した絵画は70点以上にのぼります。
が、これらの作品の多くは、その後の研究によって
別人の作であることが明らかになり、次々と作品リストから取り除かれていきました。
20世紀に入ると、このような動きと逆行するように
フェルメールの贋作が現れてきました。
中でも最大のスキャンダルといわれるのが
ハン・ファン・メーヘレンによる一連の贋作事件です。
この事件は1945年ナチス・ドイツの空軍総司令官
ヘルマン・ゲーリングの妻の居城からフェルメールの贋作
「キリストと悔恨の女」が押収されたことに端を発します。
売却経路の追及によって、メーヘレンが逮捕されました。
オランダの至宝を敵国に売り渡した売国奴としてです。
ところが、メーヘレンはこの作品は自らが描いた贋作であると告白したのです。
さらに多数のフェルメールの贋作を世に送り出しており、
その中には「エマオのキリスト」も
含まれているというのです。 |
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エオマのキリスト |
「エマオのキリスト」は1938年にロッテルダムのボイマンス美術館が購入したもので、
購入額の54万ギルダーはオランダ絵画としては過去最高額でした。
当初メーヘレンの告白が受け入れられなかったため、
彼は法廷で衆人環視の中、贋作を作ってみせたといわれています。
それだけ、フェルメールの画風と生き写しだったのでしょう。
「エマオのキリスト」は、現在でもボイマンス美術館の一画に展示されています。
が、それはモノクロコピーで展示室ではなく、通路に展示されているだけです。
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