モナリザスマイル

アートライフショップ〜
Art Life

モナリザ スマイル

HOME>ダ・ヴィンチ>
モナ・リザ


ダ・ヴィンチ
Da Vinci)


レオナルド・ダ・ヴィンチ
(Leonardo da Vinci)
1452年4月15日〜1519年5月2日

イタリア

モナリザ


レオナルド・ダ・ヴィンチは、今日、イタリアのルネサンス期を代表する万能の天才として知られています。


絵画、彫刻、建築、土木および種々の技術に通じ、極めて広い分野に足跡を残しています。
最後の晩餐」や「モナリザ」などの精巧な絵画は、盛期ルネサンスを代表する作品になっています。





こちらでご紹介させて頂く絵画は、「モナリザ」。
おそらく歴史上最も有名な肖像画であり、これほど賛美、模写されてきた絵は他に例を見ません。


内観的な表現をもって黒い衣装を着た一人の女性が、
わずかに微笑んだ半身の肖像が描かれています。



ポプラ材に書かれたこの絵は現在パリのルーヴル美術館に展示されており、
同館の目玉的展示物となっています。






レオナルド・ダ・ヴィンチ
(Leonardo da Vinci)
 『モナ・リザ』



不朽の名作として、今なお多くの人々に愛されている名画中の名画。


モナ・リザの微笑みは、何世紀にも渡って私達を魅了し続けました。
それは、未来永劫変らないことでしょう。
 


複製画とは言えど、柔らかさと優美さと謎を併せ持つモナ・リザの微笑みに
きっとあなたも虜になるはず・・・。





モナ・リザはその後全ての肖像画の標準的なあり方を示しました。
この肖像画は人物をバストアップのアングルでとらえ、
背景に遠くに見える景色を採用しています。


また、シンプルに画面の中央にピラミッド状に人物が見える構図を採用しています。
頭の点がピラミッドの頂上であり、腕を組んだ位置がピラミッドの手前側の頂点になっているのです。


顔、首、胸も腕と同様に柔らかな光が当たっているように描かれ、
この光彩が隠れた球面と円形の構図を明らかにし、画面を生きたものとしています。


全体を通してレオナルドが完成したスフマート技法で描かれており、
背景には空気遠近法を用いた描写がされています。



有名な口元の微笑みについてフロイトは、
レオナルドが母親に抱いていた性的な魅力であると解釈しました。


また、別の学者は純粋に魅力的な者を描いたと解説しています。


またある者にはひねた笑いか、
悲しみをたたえた笑いであるともいわれています。
しかし、レオナルドの時代にはこのような不思議な笑みも
肖像画によくみられる特徴の一つでした。
(部分図)




表面上はシンプルな肖像画ですが、レオナルドはモデルと風景を統合的に描くことに成功しています。


女性の髪の毛、衣装の感覚的な曲線はスフマートを用いて描かれ、
背景にあるうねった谷と川にとけ込んでいます。


モデルのわずかな微笑みを含めて、これらの全てが調和した一つの絵に仕上げた裏には、
レオナルドがもっていた人間と自然の宇宙的なつながりの構想が反映されており、
レオナルドの才能と先見を永遠に記録しています。


絵の背景には広大な景観と、遠くには氷でできた山が描かれています。
曲がりくねった道と遠くに見える橋以外、人間の痕跡はありません。


ぼやけた輪郭、優雅な造形、明暗の劇的な変化、
全体の落ち着いた雰囲気を含めてレオナルドの「型」であり、
これらの特徴はそのままその後の肖像画のプロトタイプともなりました。


この絵画は、肖像画として初めて空想の空間の前に人物を描いたものの一つでもあります。


興味深い特徴として景色が平らでないことが挙げられます。
右側の景色に対して左側の景色は明らかに低くなっています。
このことから、背景は後に追加されたとも考えられています。













レオナルド・ダ・ヴィンチ
(Vinci)
 『レオナルド・ダ・ヴィンチ全絵画作品・素描集』















〜くろいぬの豆知識〜@
『モナ・リザのモデルは誰?』



モナ・リザのモデルが誰であったのかはわかっていません。
初めこの絵は「ヴェールをかぶったフィレンツェの娼婦」と呼ばれていましたが、
50年ほど後にレオナルドの生涯を『美術家列伝』に記したジョルジョ・ヴァザーリが
この絵について『モナ・リザ』と記し、それが広まって今の名が定着しました。



モナは婦人、リザはエリザベッタの愛称。
ヴァザーリはこの女性がフィレンツェの富豪、
フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻であるとも記しています。


イタリア語、フランス語の名称 La Gioconda はジョコンド婦人という意味です。


ヴァザーリのこの記述を元に、美術史の研究者たちの多くはこの絵のモデルは
フランチェスコ・デル・ジョコンドの3番目の妻である
エリザベッタ・デル・ジョコンダであると考えています。


が、一方、レオナルドは通常、描く絵について大量のスケッチやメモを残しているが、
この肖像画については晩年まで離さず持ち続けていたにもかかわらず、
何の記録も残していません。
(もっとも、レオナルドのノートはその3分の2が失われており記録が無い確証はありません)


かわりに
「フィレンツェの貴婦人の役目は、偉大なジュリアーノ・デ・メディチの死と共に終わった」
とだけ述ベており、依頼主がジュリアーノ・デ・メディチであり、
肖像がフィレンツェの貴婦人(あるいは愛人ともとれる)であること以外は
彼の言葉からはわかりません。


デル・ジョコンドは実在の裕福な人物であり、
当時フィレンツェの中で政治的にも権威を持っていました。


しかし、その妻であるエリザベッタ、本名リザ・ゲラルディーニについては
ほとんど何もわかっていません。


1479年に生まれ、1495年にデル・ジョコンドと結婚したことはわかっているが、
それがレオナルドの言った「貴婦人」かどうかの確証はありません。


絵を描いた1503年当時、エリザベッタは24歳であり、
描かれている人物はもっと年齢が高く見えますよね。


さらに、デル・ジョコンドの妻と書き記したヴァザーリは1511年の生れであり、
レオナルドにもエリザベッタにも会ったことがなかったのです。


また「モナ・リザ」を実際に見たことすら疑われており、
ヴァザーリの記述には疑問点がかなり多いのも事実です。


そのため、モデルと言われている人物は他にも候補がいます。

●レオナルド自身の言葉から、当時ジュリアーノ・デ・メディチの愛人であった
  ナポリ公妃コスタンツァ・ダヴァロス。
  ただし1503年当時45歳と年齢が高く、年齢的には合いません。
  これにはレオナルドが嘘をついたとする説があります。
● 年齢が絵と近く、同じ構図の油絵『アラゴンのイザベラの肖像』がある
  ミラノ公妃イサベラ・ダラゴーナ。
  『アラゴンのイザベラの肖像』はスイスで個人が所有しており、
  詳細はよくわかっていません。
●レオナルドのデッサン「イザベラ・デステの肖像」に残っているものと
  容姿が一致するマントヴァ侯爵夫人イザベラ・デステ。
  このデッサンは横顔であるが衣装、顔、体型がモナ・リザに書かれている女性と
  非常によく似ています。
  しかしレオナルドの手によるデッサンであるかどうかについては
  議論があります。
●マグダラのマリア(イエスの妻ではないかといわれている人物)
  ではないかと言う説

この5名が主に挙げられるものの、いずれも確証はありません。

更に、後の無名の投稿がさらに混乱を引き起こしました。
この肖像画はフランチェスコ・デル・ジョコンド、
つまりこの絵は元々男性の肖像画である、という議論を生んだのです。






画像:Monalisa_Leonard_thumb.png

また、ベル研究所のリリアン・シュワルツ博士は、
モナ・リザはレオナルドの自画像である、
という見解を出しました。


彼女のこの理論は
レオナルドの自画像であると言われている絵と、
モナ・リザの顔の特徴を
デジタル解析した結果に基づいています。


モナ・リザとレオナルドの自画像と言われている絵を
コンピューターを用いて合成すると、
顔の特徴がほぼ完璧に一致します。


しかし同じ画家が描いた絵であれば
癖や好みなどから特徴が似通った絵となることも多く、
レオナルド自身の
「全ての肖像画は画家自身の自画像に通じる」
という言葉を裏付けた結果を
うんだものとも見なせます。




なお、一般的な肖像画にはその描かれた人物が誰であるかを
暗示するモチーフがふんだんに盛り込まれる傾向にありました。


@服装・・・その人物の階級、裕福さ、時代が反映される。
A背景・・・その人物の住まい、生まれ、場合によっては階級など。   
 又、名前を暗示した植物なども描かれる。
B髪型・・・その人物の職業や時代を表す。

モナリザに当てはめると、服装は誰もが着ると思われる喪服のような物であり、
背景にその人が誰であるかを示す暗示も無く、
髪型にも薄いヴェールがかけられており、特定の個人を示す暗示が殆ど得られません。


結局、現在まで500年以上モデルが確定していないことが一つのミステリーでもあり、
この絵に対する興味、この絵の魅力を増す要因の一つに挙げる意見もあります。


他方で、絵画においてモデルが誰であるかはほとんど意味がない、という見解もあります。


写真ならばモデルが誰であるかは重要だが、
絵画ならばモデルよりも画家の筆致が重要だからだそうです。


同じモデルでも画家が異なればまったく別の絵画となります。


モナリザがすばらしいのは、モデルがすばらしいからではなく、
ダビンチの筆致がすばらしいから。


この絵画が傑作であることに関して、
モデルの意味はあまり重要ではないといえるのも、またしかりですね。








〜くろいぬの豆知識〜A
『”モナ・リザ”の歴史』


”モナ・リザ”はイタリアからフランスへとレオナルド自身によって運ばれ、
フランソワ1世がレオナルドをアンボワーズ城近くのクルーの館へ招いた後、
レオナルドからこの絵を買い上げました。

買い上げたのは1510年頃と言われています。


その後、先ずフォンテンブロー城に置かれ、のちにヴェルサイユ宮殿へと移され、
さらにフランス革命(1789年〜1794年)後に、ルーヴル美術館に移されます。


ナポレオン・ボナパルトはこの絵を自分の寝室に持っていったが後にルーヴルに戻されます。
普仏戦争(1870年〜1871年)の際にはルーヴルから
フランス国内の安全な場所に移されました。



1910年、当時絵画や彫刻などの美術品を傷つける犯罪が相次ぎ、
ガラスケースに収める決定がされます。


1911年8月22日、ルーヴル美術館からモナ・リザが盗み出されました。
が、すぐにギヨーム・アポリネールに盗難の疑いがかかり逮捕されます。


また、同年9月22日には、パブロ・ピカソが同容疑で逮捕されましたが、
二人とも後に釈放され、この絵は永遠に失われたものと思われました。


2年後の1913年12月12日、ヴィンチェンツォ・ペルージャという男が
モナ・リザを持ってフィレンツェの画商に売ろうとしたところを逮捕されます。


ペルージャはモナ・リザの保護ガラスを取り付けた大工であり、
「ナポレオン時代にフランスに取られた」イタリアの文化遺産を
取り戻す目的で盗ったと証言しています。


実は彼はアルゼンチンの詐欺師マルケス・バルフィエルノに雇われており、
マルケスは贋作を作成してアメリカのの富豪6名に売りつけていました。
(彼は友人の新聞記者に真実を告げ、彼の死(1921年)の翌年に発表された)


第一次世界大戦、第二次世界大戦中にもルーヴルから安全のために移動されました。

1950年6月10日、ナット・キング・コールが
バラード "Mona Lisa" をこの絵に捧げた歌として発売し、
300万枚の売り上げを作ったことは
ご存知の方も多いはずですよね。



1956年、酸による浸食で下部に著しい損壊が生じ、
また、その数ヶ月後、石を投げつけられました。


それから現在の防弾ガラス付き防犯ケースに収めて展示されるようになりました。
現在内部は湿度、気温ともに管理がされています。



1962年、アメリカへと貸し出され、ニューヨークとワシントンD.Cで展示され、
1974年には、東京 上野の東京国立博物館で展示され、
さらにモスクワへ貸し出されるという巡回展示が行われました。


モナ・リザがフランスから持ち出されたのはこの2回のみで、
そのうち日本、ロシアと巡回展示された際には、50億円の盗難保険がかけられました。
(ギネスブックはこの絵を最も多額の保険がかけられた絵画として登録しています。)








〜くろいぬの豆知識〜B
『”モナ・リザ”のこぼれ話』


●何度も X線解析をした結果、現在の絵の下には少なくとも
 3種類のモナ・リザが隠れていることがわかっています。
●モナ・リザに描かれている女性には眉毛が書かれていないことがよく指摘されますが、
 これを理由に絵が未完成であると言う主張もあります。
 しかし、レオナルドの描く女性には眉毛がないか、ほとんどが非常に薄く描かれています。
 そのため、初めからなかったとも、500年の間に消えてしまった、
 あるいは修復の際に誤って消されたなどの説もあります。
●絵の左中央下に柱の一部が描いてあり
 「誰かが柱の書いてある両端を切断した」という話が流れましたが、
 1960年代の科学調査で切断の跡はない事が判明しました。
●数多くの模写、スケッチの中には、ラファエロによる素描も残されていて、
 その絵には両側に円柱が描かれており、ラファエロの円柱と呼ばれています。
●2005年3月26日に日本テレビで放送された
 「ビートたけしのモナ・リザはもう一枚あった!」において、
 スイス・ジュネーブの地下金庫に眠っていたもう一枚のモナ・リザが本邦初公開されました。
 そのもう一枚のモナ・リザはX線写真監査でレオナルドの時代に描かれた事が判明し、
 現在さらに詳しい調査が行われています。 
 正式発表は番組放送時から数ヶ月後にあるといわれていましたが、
 2007年現在未だその発表は行われていません。
●この絵画についての検証は個人レベルでも行われています。
 背景の右と左はつながるなど、多くの謎が隠されているといわれています。






利用規約
ご利用についてのご案内
絵画
外国人画家(五十音順)
ア行
アングル
カ行
カンディンスキー
グイド・レーニ
クリムト
ゴッホ
ゴヤ
コロー
サ行
シスレー
ジーム
セザンヌ
タ行
ダヴィット
ダ・ヴィンチ
デュフィ
ドガ
ドラクロア
ハ行
パウル・クレー
ピカソ
ピサロ
フェルメール
フュースリ
ブーシェ
フラゴナール
ブラマンク
ベラスケス
ボッティチェリ
ボナール
マ行
マイヨール
マネ
マルケ
ミレー
ミュシャ
ムンク
モディリアーニ
モネ
モランディ
モレールス
ヤ行
ユトリロ
ラ行
ラトゥール
ラファエロ
ルソー
ルドン
ルノワール
日本人画家
ア行
牛島 憲之
大沢 昌助
岡 鹿之助
岡田 謙三
岡田 三郎助
カ行
国吉 康雄
サ行
佐伯 祐三
タ行
高沢 圭一
田崎 広助
高畠 達四郎
竹久 夢二
田村 孝之助
ハ行
東郷 青児
東山 魁夷
マ行
宮本 三郎
〜Art Life Shopのコンテンツページ〜
  category"1" "2" "3" "4" "5" "6" "7" "8" "9"
Copyright (C) アートライフショップ All Rights Reserved.